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上高地の巡り方

個人で上高地をハイキングするルートをご紹介します。
上高地は、長野県松本市西部にある標高1500mの景勝地で、北アルプスの谷間を流れる梓川両岸の平坦部です。中心に位置する河童橋から、明神池や大正池などのスポットまでは整備された木道があり、ほとんどアップダウンもないため、快適なハイキングが楽しめます。 ▶️English page

1 上高地の巡り方
2 上高地へのアクセス
3 明神池エリア
4 大正池エリア
5 河童橋エリア
6 ウェストンと上高地
7 嘉門次小屋
8 上高地帝国ホテルのラウンジカフェ


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1 上高地の巡り方
上高地は河童橋を中心として、梓川上流の明神池エリアと、下流の大正池エリアの2カ所に見どころが点在しています。明神池エリアに行く場合は、「右岸」を歩くのがおすすめです。六百山や焼岳の美しい眺めを見るポイントがあります。大正池エリアでは、自然研究路を歩き、田代池や上高地帝国ホテルなどに立ちよるとよいでしょう。



<ハイライト>
早朝のハイキングでは、もやにつつまれた焼岳や、川面に映る針葉樹の深い森など、幻想的な風景が続きます。木漏れ日の中、水辺で鳥の声に耳を澄ませたり、鮮やかな紅葉に見入ったりしながらゆっくりと歩いて、河童橋から明神池へのハイキングは往復2時間ほどでした。明神池の畔にある穂高神社奥宮の先に、ゆらゆらと揺れる吊り橋があります。これを渡って振り返ると、明神岳と吊り橋をカメラのフレームにおさめることができます。
河童橋から大正池までのルートには、上高地を世界に紹介したウェストンの碑や、草原のなかに突然あらわれる、美しい田代池などがあります。こちらも河童橋から往復2時間弱程度のハイキングです。

2 上高地へのアクセス
マイカー
沢渡駐車場か平湯駐車場からシャトルバスまたはタクシー
直行バス
東京:新宿西口から京王バスで5時間弱(朝便)または7時間(夜便)
名古屋:名鉄バスで5時間
大阪:梅田・阪急三番街または新大阪から阪急バスで6時間30分
大宮・川越:大宮駅西口からアルピコ交通東京で8時間
路線バス
松本駅からアルピコ交通で2時間弱

タイトルをクリックすると観光スポットのHPを見ることができます。

3 明神池エリア



河童橋から梓川に沿って、眺めの良い右岸を1時間ほど北に進むと、瓢箪型をした明神池があります。池畔には穂高神社奥宮が鎮座し、この一帯が神域として守られています。池は明神岳の断崖直下にあって、切り立つ岩肌と立ち枯れの木が、厳しい自然の摂理を物語っているようでした。私が訪れた10月初旬、青い空と緑が映し出された鏡のような水面は、神秘的でとても穏やかでした。この池の周辺は、真冬には-20℃を下回りますが、全面が凍ることはありません。明神岳から湧き出す伏流水が、常に池の水に流れを作っているためだそうです。

穂高神社奥宮・御船神事



御船神事は、毎年10月8日に上高地の穂高神社奥宮で行われます。山岳遭難者を慰霊し、山の神への感謝を込めて行われるお祭りに、松本市や近郊の氏子さんたちが続々と集まってきました。準備は早朝から始まり、米や酒、野菜などの神饌が用意されて三方に供えられます。お社で神事が始まる11時前には、明神池の畔に見物人たちの黒山の人だかりができていました。
神事はまず、御祓から始まり、宮司による祝詞、礼拝の後、巫女による舞の奉納へと続きます。二人の巫女の素朴で清らかな所作は、それまで張りつめていた山の空気を、柔らかくほぐしていくようでした。舞が終わると、神官や楽人、巫女たちが明神池の泊まりに移動して、二艘の船に乗り込みます。漕ぎ出した船は、山の神の懐に包まれるが如く、緩やかに進んでいきました。

4 大正池エリア



上高地バスターミナルから梓川に沿って南西に下る木道は、大正池へと続きます。1915(大正4)年の焼岳噴火の際、火砕流によってせき止められてできたのがこの池です。朝靄にけむる山々を眺めながら、色づく草木の間を1時間ほど進んでいくと、山の影を落として漣立つ美しい池辺に出ます。深く息を吸い込めば、体の隅々に山の精気が行き渡るようでした。

5 河童橋エリア



河童橋は、上高地の中にある「スクランブル交差点」です。人々が行き交い、それぞれの目的地に向かって去っていく、人の波の中心部分。上高地を訪れた人のほぼ100%が、橋の前で写真を撮ったり、休憩をしたり、美しい景色を心に焼き付けるためにここに立ち寄ります。けれど、日暮れから夜明けまで、河童橋に静寂のときが流れます。人々の足音が遠ざかる夜、河童橋の近くには河童の世界に続く小径が現れる(のかもしれません)。

6 ウェストンと上高地
英国人宣教師・ウォルター・ウェストンは、土地の猟師・上条嘉門次の案内で、1893(明治26)年に前穂高岳に登頂して以来、嘉門次と深い親交を結びました。その後、1896(明治29)年にウェストンがイギリスで出版した『日本アルプスの登山と探検』は、ヨーロッパの人々に、上高地の魅力を初めて紹介しました。

7 嘉門次小屋



上高地・明神池畔の嘉門次小屋は、旅人に温かい食事と一晩の宿を提供してくれる山小屋です。名物『岩魚の塩焼』は、普通の塩焼とは、ひと味もふた味も違います。口にした瞬間から、ふくよかな香りと優しい舌触り、そして、奥行きのある味わいに、心がときめきました。口の中に広がる、しなやかな噛み心地。本当においしかった。
さて、この山小屋の創設者は、上高地の名ガイドと讃えられた上條嘉門次(かみじょうかもんじ1847 -1917)です。嘉門次は、1880(明治13)年に明神池の畔に山小屋を建て、真冬のわずかな間に山を下りる他は、一年の大半をここで過ごしました。
猟師だった嘉門次は、上高地一帯の地形を知り尽くしており、登山を目的に訪れる外国人のガイドを務めることもありました。上高地を初めてヨーロッパに紹介した英国人宣教師のウェストン(1861-1940)も、嘉門次にガイドを依頼した一人でした。ウェストンは、日本アルプス(飛驒山脈、木曽山脈、赤石山脈)を踏破し、1896(明治29)年に、英国で『日本アルプスの登山と探検』を出版しました。

インタビュー



この動画では、嘉門次から数えて四代目、すなわち曾孫にあたる嘉門次小屋の現当主、上條輝夫さんに、嘉門次の山での生活についてうかがいました。

8 上高地帝国ホテルのラウンジカフェ

上高地帝国ホテルは河童橋と大正池の間にあります。緑に映える赤い三角屋根と石造りの建物が、山岳リゾートホテルにふさわしい重厚な外観を見せています。ラウンジカフェの『グリンデルワルト』の中央には、吹き抜けの天井から下がる大きなマントルピース。寒い季節には、旅人を温める優しい火が灯ります。



私たちは、早朝に河童橋から大正池へと向かい、帰りにこのカフェに立ち寄りました。涌き水で淹れたコーヒーと直径10cmのグラスに入ったボリューム満点のカスタードプリン、オリジナルのモンブランケーキは、私たちの冷えた体を心地よく温めてくれました。
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テーマ: 登山・ハイキング | ジャンル: 旅行
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